(ヨガはサンスクリット語では「ヨーガ」と発音するのが正しいので、ここではヨーガと記載します。)
ヨーガと聞くと、体をストレッチして、いろいろなポーズをとっている姿を思い浮かべるのではないでしょうか。実はこの「ポーズをとること」はヨーガの本来の目的を達成するためのひとつの過程(プロセス)でしかありません(興味ある方は「ヨガによって心と体を整える」を見てみて下さい)。それでは、ヨーガの本来の目的とは何でしょうか。
それは、わかりやすく言うと、それは「自分の心をコントロールして、本当の幸せを手に入れること」です。
人間は、太古の昔より、悩みを抱え、苦しみ、それをコントロールできずに生きてきたという歴史がありますが、ヨーガは、そこに眼をつけ、長い間探求されてきた産物と言えます。
ヨーガの教典である「ヨガ・スートラ」では、「本当の自分」として、「真我」(プルシャ)を説いています。私たちが苦悩を感じるのは、真我(プルシャ)が物質世界(プラクリティ)で煩悩や業など、さまざまな世俗的束縛を受けているからであるとします。ヨーガの目的は、このような世俗的束縛から「真我」を解き放ち、苦悩から完全な自由や自在性を獲得することです。
もう少し「真我」をわかりやすくイメージしてみましょう。私たちは幸せになるために、お金、物品、仕事や出世、役割、名誉、容姿、賞賛などを求めています。しかし、これら手に入れたとして、私たちの幸せは永遠に続くでしょうか?物質世界で私たちが求めている幸せは、永遠に続く「本当の幸せ」でないのですが、私たちの「自我」はそれを求めて行動してしまうのです。一方で、本当の自分である「真我」は自己の観察者として、物質世界での「自我」の行動をただ見守ります。ヨーガの実践を通じて、真我と自我の区別を明確に理解し、物質世界への執着を捨てることができると、真我は自己の中に(静かな水面に自分の姿が映るように)本当の自分を見る(真我に出会う)ことができるのです。
苦悩を感じるのは自分自身ですが、苦悩を作り出しているのも自分自身にほかなりません。従って、苦悩を超えるためには、苦を作り出す自分の「行い」を自覚することが必要と考えます。自分のあり方を徹底的に突き詰めて内省していき、煩悩や業などの世俗的束縛を徹底して手放す努力をしていく。その先に唯一浮かび上がる絶対なるもの、「ほんとうの自分」つまり「真我」に出会うことを目指すのです。この一連の「行い」の統御やより質の高い「自覚」によって本当の自分に近づく方法を示したのがヨーガです。


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